-*歩む道先、選ぶ朝*-

くろねこ 3000文字チャレンジ
くろねこ
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 カラ、コロ、と宵闇に響く下駄の音。
 夕暮れの橙色はかげっていき、ゆる、ゆると紺、紫へと変わっていく時分。
 星が瞬く夜空の下、くたびれた甚平を身に纏い、緋色、橙色、きらびやかに輝く道をこれまただらりとした足取りで歩く男、一人。

 黒褐色の色合いの柵の向こう、男と同じほどにくたびれた着物をまとった女たち。
 髪も整えられてるとは言いにくい姿の者もおり、ちら、と男へ視線を寄越してはため息のような、疲れたような吐息がこぼされる。
 時折柵の間を縫って、煙管が向けられるもただただその仕草は鼻につき、煙いばかり。

 男が浅く呼気を吐き出し、ぼりぼりと首を掻いて歩いていく。

「おぉ、こんばんは。お前も選びに来たのか」
「……よう」

 歩を進め、ふとかけられる男の声に、顔を上げる。
 男よりかは幾ばくか血色の良い顔色、それでもどことなく疲れたような雰囲気はまとっており、声に返すため片腕をだらりと上げて、軽く振る。

「なんだよ、だいぶ疲れた顔してるな?」
「そりゃあなぁ……この道通っちゃみたが、そもそも女もこんな調子じゃねぇか」
「はっはっ、やっぱ気ィ滅入るよなぁ」

 力なく笑う男の顔に、口端をゆるりと上げて柵の向こうの女を見やる。
 と、再度視線を戻した彼の腕に、いつの間にやら引き入れたのか、分厚い本を片手に持つ女の姿。
 ぱち、と瞬き男を見ると、片手を軽く振りながら女の持つ――多種多様な絵物語が描かれた――本を指差し、先よりかはわずかに楽しげに目を細める。

「俺ァ、最近これが楽しみでね。ま、こんな楽しみでもなきゃやってらんねぇよ」

 確かに疲れたような、気だるげな声ではあるものの、横にいる女が小さく笑いをこぼす。
 語った男を見ると、いたずらっぽく、しかし底の知れぬ色をたたえてもう行こう、と言わんばかりに裾を引く。
 そうかい、と男は肩をすくめて、けれど「楽しみ」を片手にした知人を少し、羨望を交えた目で見やった。

 そうして知人とすれ違い、まただらだらと重い足取りで道をゆく。
 ふあぁぁ、と大きなあくびをひとつ。

 カラン、コロン、と転がる下駄の音は幾ばくか最初よりも重く、こちらを誘うように煙管を揺らす女や、こちらにはまったく興味がないとばかりにどこぞを見ている女に視線を向ける。

「やぁやぁ、兄サン。ずいぶん疲れた顔してるじゃあないか」

 つい、と視線を滑らせている最中、柵の向こうから威勢の良い女の声が聞こえた。
 だらりとした様子の女が多い中、彼女はいやにはつらつと、いっそ楽しげな笑みさえ浮かべて手で男を招いている。
 なんだ、とため息を相変わらずこぼしながら少し歩み寄れば、ふふん、とどこか自信の満ちた女の顔。

「これから始まるってぇのに、そんな辛気臭い面してちゃあ、なんでもかんでも逃げちまうよ」
「……地顔だ」
「なぁに言ってんだい、あたしゃ知ってるよ。今日の昼まではあんた、可愛い女連れて、楽しげに笑ってたじゃあないか」

 ――女の言葉に、眉が寄る。
 再度深く、深く、重く吐息をこぼし、首をゆっくりと横に振る。
 顔立ち整った、きれいな女であるのに、その言葉は男にとってはわずらわしくて仕方がない。
 そも、その笑い声でさえ癪にさわるし、更に疲弊するような気さえした。

 男は逃げるように彼女から足早に離れていき、しかし、その背中に若々しい男の声が届いて、興味本位で足を止める。
 首だけをひねり、ちらりと視線を向ければ、そこには。

 パリッとした着物、きちっと整えられた髪、年の頃はおそらくだいぶ上であろうが――先程の女と楽しげに話すその姿は、とても若く感じた。
 おそらく彼女と気が合うのだろう、柵から出た女と腕を組み、男とは別の方向へと進み歩いていった。

「…………」

 ぼりぼり、と首の裏を掻く。
 道行く人は少なくなり、女の数も目減りした。

 空を見上げれば未だ瞬く星々に、届かないと知りながらも手をのばす。

 と、その手に細く、やけに白い、小さな女の手が重なった。
 男が驚き横を見やれば、髪は乱れ、紅も引かず、先程まで見ていた柵の向こうの女達よりも更に乱れた着物をまとう女性。

「おまいさん、なかなか決められないみたいやねぇ」

 気だるく、どこか甘ったるい声で語りかける。
 するりと男の腕に手を、己のそれを通し、絡みつき、上目に見上げてゆるりと口端を上げる。

「もういっそ、あたしにしたらどうだぇ?2人でゆっくりと……ここに留まるのも……」

 甘い、甘い。
 言葉も、声も、香りも、仕草も、絡みつくようであるのに、決して嫌とは思えない。
 甘く誘う彼女の頬に、そっと手を添えゆっくりと撫ぜる。
 心地よさそうに女はまぶたを落とし、男の無骨な手にすりつく。

 あぁ、それも悪くない。
 いっそ今日は、そうしてしまおうか――

 ほんの一寸、流されるように男の脳を考えがよぎる。
 と、道の向こうから若い男と女が一人ずつ。

 決してパリっとしたわけではない浴衣を身に纏い、やはりどこか疲れたようであるものの――腕に絡む愛嬌のある女と共に、やれやれ、と言うように歩いていく。
 商売人か、何かか、連れ添い歩く2人の会話は、少しかすれてはいるものの声は弾んで、その瞳は少しよどみながらも輝きを失っていない。

「ま、今日を乗り越えりゃあ、明日はのんびりできるしな」
「今日は私とがんばりましょうね。あと少し、よ」

 たまたま視界に入った彼女らをしばらく眺めていると、自分の袖をくい、と引く腕に絡みつく女。
 首を傾げつつ、しなだれかかる彼女に一度首を振り、男は口を開いた。

「……いいや、今日はあんたとはやめとくよ。あんなん見たら、なんだかなぁ」

 そう告げると、女は残念そうに眉を下げ、周囲よりも一層気だるい足取りで柵の向こうの建物へと戻っていく。

 はー……、と幾度目かのため息が口からついて出るも、しばしその場に足を止めた後、女達がはびこる柵へ歩み寄る。
 もう来た頃よりも数は少なく、一層どこか、陰鬱とした空気が流れているようにも、逆にさっぱりとしているようにも思える柵の向こう。

 じっくりと彼女らを眺めながら、片手を肘に、片手を口元に当てつつその顔と様子と、声と、目と、空気を見ていく。

 ……と、周囲と比べれば、幾分きれいな身なりの女が目に入った。
 あの威勢の良い女よりかは質素だが、しかしだからこそ、男はしっくりとくるその女を手招きし、呼び寄せる。

「……しゃあねぇ、ひとまず生きるにも、失わないためにもたるかろうが動かにゃな。あんたにしよう。あんたが良い」

 肩を竦め、紡ぐ言葉の声はいかにもやれやれ、といったように。
 しかし呼ばれた女は頬をほころばせ、どこに隠れていたか幼子も共に男を挟んで隣に並ぶ。

 夜が白み始めた時分、ようやくこれと決めた女を連れ、先程すれ違った男女のように、しかし彼らよりは少し足取りも軽く、道を歩んでいく。
 たまには妙な女に取り憑かれることもあろうが、だが男は、今は、彼女たちを選び取る。

 カラ、コロ。
 カラ……コロン。

 小気味の良い音が響く朝。
 同じような男たち、また別の場所では女たちが、がやがやと音を作り、光を浴びて歩んだり、語り合ったり、その場に腰を落ち着けてしまったり。

――ピピピピピピピッ

――ピピピピピピピピピピピピッ……

「もう、ほんっとうに朝が弱いんだから。……羽月ー!パパ起こしてくれるー?」
「はぁーい!」

…………

「パァーパー!あーさーだーよー!おーきーよー!」
「んぅぅぅ……」

 ベッドの中に潜る、低い男の唸り声。
 可愛らしい女の子が部屋に響き、片手をぱた、ぱた、と重そうに動かしながら、状態を起こした。
 眼の前でにぱ、と輝かんばかりの笑顔を向ける子供。
 扉の向こうから少し呆れたような顔を覗かせる女性。

「おはようパパ!今日からお仕事でしょー?」
「おはよう、あなた。ほら、ちゃっちゃと着替えて、ご飯を食べる」
「……はいはい、わかりましたよ……っと」

 少し力なく、それでも口端を上げた男が、子供と一緒に寝室を出ていく。

 ――月曜日が、始まる。

————————-【切り取り線】—————————

はい。
こぼりたつやさん(@tatsuya_kobori)主催の#3000文字チャレンジに参加させていただきました。
2回目の参加です、前回はみかんです。

今回はお題が月曜日ということで、小話なんぞ書いてみました。

小話……小話……月曜日に関係あるの????って感じかもしれませんが、結構月曜日な感じで書いたつもりです。
多分分かる人は最初でわかる。

すごく楽しかったので、また次回も参加したいですね。
こぼりたつやさん、面白いお題ありがとうございましたー!

そっけなく用意するのはアイキャッチだけです。ひゃっふー

 

おまけ

最初の女性→週刊少年ジャンプ
2番目の女性→月曜日だからこそめっちゃ元気に精力的に働くイメージ
3番目の女性→もうさぼっちゃおうぜ、みたいなイメージ
4番目の女性→シフトで働く人たちの月曜日イメージ
5番目の女性→家族を守る、生きていけるお金を稼ぐためにとりあえず頑張るかイメージ

雰囲気極振りでお送りしました。
あと、ついこの間まで見ていた【昭和元禄落語心中】ってアニメの影響を多大に受けてます。

コメント

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