-*個人映画館*-

個人映画館 3000文字チャレンジ
個人映画館
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 瞼を落とせば広がる暗闇。
 閉じた目の上に、そっとあてがわれる人の手のひら。
 その温かなぬくもりに、僅かに、ぴくりと肩が揺れる。

「大丈夫ですよ」

 くす、と小さな笑い声が耳をくすぐり、青年ははにかむように、恥ずかしそうに頬を緩めて、体の力を抜いた。



 そこは、昭和の臭いを感じる古ぼけた、まるで廃墟とも言えるような映画館。
 誘われるがまま友人と出かける予定ではあったのだが、急に別の予定が入った、とキャンセルされて青年は、適当に街の中を歩いていた。

 そんな折に、これもまた非常に古臭く、今にも落ちてきそうなほどさび付いた大きな看板をいくつか掲げた、この映画館が視界の端に入った。
 青年はよくこの道は通るのだが、さて、こんな場所があったかと首を捻る。
 新しい建物や、古くとも洒落た店舗が立ち並ぶ中、ある意味この映画館は目立つとも言えるだろう。

 そもそも経営しているのかさえも怪しい――というか、取り壊されても仕方がないような状態である。
 というか、そもそも人がチケット売り場にいない。
 しかし、何故だろうか。

 不思議なことに、暇を持て余した青年は、興味本位か否か、吸い込まれるように映画館の扉に手をかけた。

 見た目は軽そうではあるが、さびついているからか。
 開きにくい扉を力を込めて押し、様々な残骸や、砂、砂利が散らばった館内をぐるりと見渡す。

「うっわー……」

 いかにも廃墟然とした室内は、青年の中の少年心をほんの少し、くすぐった。
 思わず声を零し、うきうきとした気持ちで歩けばお世辞にもきれいとは言えない床が、じゃりじゃりと音を鳴らす。
 映画館自体があまり大きくはないのだろう、少し歩んだだけで、鈍い赤色の重厚感のある扉を視線の先に収めた。

 きょろり、と周囲を見渡し、冒険心から扉に手をかけ、

「いらっしゃいませ」

 柔らかな、透明感のある男の声に、びくんっと肩が跳ねた。

「ッ! あっ……す、すみま、すみません!!」

 すぐに扉から手を離し、声がした方へ向き直り、顔を見ることなく頭を思い切り下げる。
 僅かな間の沈黙、恐る恐るといった体で視線を上げると、燕尾服に身を包んだ、青年と同い年ほどの男性が柔らかく微笑んでいた。
 片手には黒い杖を持ち、もう片手を自分の胸に当てると、どこか恭しく、深く、頭を下げる。

「いらっしゃいませ。当映画館へ、ようこそいらっしゃいました」
「へっ? え、あ、でも俺……!」

 思わぬ反応と言葉に、青年は両手をぶんぶんと振って、首も強く横に振る。
 いらっしゃいませも、何も、不法侵入も良いところだ。

「す、すみません! 勝手に入っちゃって! こんなぼろっちぃから、人がいると思わなくて……!」

 思わず早口で(失礼なことも)口走りつつ、あわてて出て行こうとするも、その正面に立ってやんわりと映画館の主がそれを引き止める。

「いえいえ。貴方様は当映画館のお客様でございますよ。ほら、チケットも持っていらっしゃるではありませんか」
「えっ?」

 彼が指差した方へと視線を向けていき、いつの間にやら握り締めていた手をそっと開く。
 手の中には、青年が購入した覚えも、拾った覚えもないシンプルな映画館の白いチケットがあった。

 握り締めていたせいか、少しよれてしまっているものの、映画館の主はまったく気にする風もなく、青年の持つチケットへと手を伸ばしてちぎると、半券を渡す。
 再度あせったように口を開く青年に、目を細めて柔い微笑を向けて、先ほど手にかけた重厚感ある扉を開く。
 ――その先は、足元もよく見えないほどに、真っ暗だ。

「どうぞ」

 主の、良く通る声が、鼓膜に響く。
 青年はごくりと喉を鳴らし、小さな声で「お邪魔します……」と呟くように告げた後、暗闇へと足を踏み入れた。



 足を踏み入れ、主に促されるままふかふかとクッションの効いた椅子へ、座らされる。
 まるで廃墟のような映画館であるのに、椅子の座り心地はとても良い。
 そして不思議なことに、青年が椅子へ腰を下ろすと。ぼんやりと霧がかったようではあるものの、周囲が見えてきた。

 映画館らしくいくつも椅子が並ぶ室内。
 目の前には、まだ何も映されていない大きなスクリーン。
 青年の目の前で、にこやかな表情を浮かべている主が、改めて口を開く。

「お客様がたのための上映でございます。ですが、少し目を瞑っていただけますか?」
「……? 目を?」
「はい」

 疑問符をつけた青年に、柔らかく口元に弧を描いたまま、主は頷きを返す。

 少しの間をあけて、瞼を落とせば広がる暗闇。
 閉じた目の上に、そっとあてがわれる人の手のひら。
 その温かなぬくもりに、僅かに、ぴくりと肩が揺れる。

「大丈夫ですよ」

 くす、と小さな笑い声が耳をくすぐり、青年ははにかむように、恥ずかしそうに頬を緩めて、体の力を抜いた。

 多少の雑音は入るものの、静かだった室内に、映画館特有の「ジーーーーーー」という、開演ブザーの音が響く。
 やがて、からからという映写機の音が小さく反響する。
 何故だろうか、自分と、彼以外に人は誰もいなかったはずなのに、小さな人のざわめきのようなものも聞こえる。

 そして、不思議なことに。

「……へぁっ……」

 目を閉じたまま、瞼の裏側、何も見えないはずの視界に、明瞭な映像が流れ始めた。
 思わず声を上げた青年の口元に、主だろうか、そっと指を押し当てられ口をつぐむ。

 暫くそうして静かにしていると、今度は音声が耳に届いてくる。

 これは、赤ん坊の泣き声だろうか。
 「おめでとう」「おめでとうございます」と周囲の声が響く中、赤ん坊とその母親が触れ合う様が映される。

 暫くすれば映像が切り替わり、映像の中心にいる赤ん坊が徐々に成長していく様が流れた。
 首が据わる頃、寝返りを打つ頃、もぞもぞと両手両足を動かし、はいはいを始める頃。
 やがて立ち上がり、転び、また立ち上がって歩き始める。

 幼児とも言える年齢になると、公園や、保育園で友達や先生、親と遊び、楽しげな笑い声をあげる。
 たまには母親や父親にしかられたり、可愛がられたりしながら幼児はすくすくと育ってく。

 それは、よくあるホームビデオのような映像だった。

「……」

 中途で、床についていた足がぶらぶらと宙に浮いていた気がするが、青年はすぐに気にすることなく映像に集中する。
 なぜならば、映像に写る景色や、幼児、何より両親は――自分の、それだからだ。



 どれほど時間が経過しただろうか。
 20数年分の映像を見続け、ゆっくりとフェードアウトしていく。

 宙にぶらついていたような足はいつの間にか床につき、ずっと瞼に添えられていた手が引くと、ゆっくりと青年は目を開けた。

「お疲れ様でした」
「……、お、おぅ。……なん、……なんですか、これ」

 主が深く頭を下げる様子を眺めながら、僅かに涙で頬を濡らす青年が問いかける。

「当映画館は、このような仕様となっております」
「いやいや、仕様って。答えになってないですって」
「仕様となっております」
「……お、おう」

 ぐし、と目元を服の袖で拭った後、なんとも言えない顔で、主を見やった。

「……、まぁ、いいや。ありがとうございました。懐かしかったですし、……ちょっと、嬉しかったです。俺の、というか。親の、こういう映像とかあんまりないから」
「さようでございましたか。ご満足いただけたようで、幸いでございます」

 しばし何も映っていないスクリーンを見つめていると、主が懐からDVDのケースを1枚取り出して、手渡してくる。

「?」
「こちらは、当館へお越しいただき、”お帰りになられるお客様”へお渡ししているものでございます。
 本日お見せした映像が、納められております」
「へっ」
「よろしければ、どうぞ」

 青年は、暫くそのDVDを見つめた後、一言、あんまり見ないとは思うけど、と添えて軽く頭を下げて受け取った。
 入ってきたときのように主に連れられ、出口へと向かう。
 去っていく彼の背中に、主はにこやかに笑顔を浮かべながら、どこを見るでもなく言葉を紡いだ。

「これでよろしかったでしょうか」



『えぇ、ありがとうございます』
『本当に。焼失して、ほとんど何も残せなかったからなぁ』
『というか、ちょっとギャラリーが多くないかしら、あなた』
『ははっ、そうだなぁ。僕のじいさんまでいるんだけど』

「彼は、ずいぶんと可愛がられていたようですねえ」



「あのまま上映を続けていれば、あなた方の元へ送ることも可能でしたが」

『あら。あの子には幸せになって、長生きしてからきて欲しいですから』
『そうそう。まぁ、何がこの先待っているかは、分からないけどね』
『ただ、何も残せなかったのが心残りだっただけなんです』
『だから、十分です。僕らにとっても、懐かしかったし、胸が温かくなったよ』

「さようでございますか」



『『ありがとう』』



「お客様方に、ご満足いただけたようで、何よりでございます」

—-fin

 

 

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あとがき

お久しぶりです、久々に3000文字チャレンジをしてきました。
仕事に忙殺されている間に、いつの間にかこぼりさんがいない……寂しい……。
お疲れ様でした、で良いのでしょうか。

とはいえ、3000文字公式アカウントは別の方が引き継がれたようで、継続して参加できるのは嬉しいです!
わいわい。応援してます。
@challenge_3000

映画って良いですよね。
久々の3000文字チャレンジ、映画にまつわる不思議なお話が脳内に出てきたので、それをこそこそまとめてみました。

なんだかちょっぴり、切ないような、和むような、そんな気持ちになっていただけたら幸いです。

またゆるゆる参加したいのですが、えぇ、次のお題野菜ですって。
野菜。
野菜。

 

野菜ってなんだ!!!!!((((((

 

 

(=^・・^=)

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